2021年2月の写真です。


小仏峠と小仏城山に行ってきました。
場所はここ 小仏峠は東京都八王子市裏高尾 小仏城山は東京都八王子市裏高尾1885



●小仏峠について
 この峠は東京都八王子市裏高尾と神奈川県相模原市緑区との間にある、標高548mの峠で、高尾山などの近隣の山々ともつながっている峠です。名前は小さな仏像が安置されていたことに由来するとのこと。

 1569年に甲斐(かい 今の山梨県)の武田信玄が、北条氏の治める関東に遠征した際に、武田家家臣の小山田信茂が山梨県の大月から東京都八王子への侵攻時にこの峠を通りました。武田軍を迎え撃つために滝山城に陣取っていた北条氏照は、当時は一般的なルートであった奥多摩方面から進行してくると予想し、戸倉城などの守りを固めますが、武田軍は予想に反して小仏峠から侵攻してきたため、侵入を許してしまいました。この時の教訓から八王子城が築城されました。

 江戸時代になると、武蔵(むさし 今の東京都と埼玉県)と相模(さがみ 神奈川県)を結ぶ甲州街道の要所となり、小仏関所も置かれました。

 明治時代になっても利用され、明治13年(1880年)には明治天皇の山梨巡幸の際にこの峠を通りました。しかし、明治21年(1888年)に小仏峠と同じく、東京都八王子市裏高尾と神奈川県相模原市緑区との間にある、大垂水峠(おおたるみとうげ)が整備されるとあまり利用されなくなりました。現在は旧甲州街道のルートに指定され、登山コースとして利用されています。



入口です。
小仏峠 入口 ブログ用



数分進むと水場が。コップがあるので飲めるようですが、登る前にお茶を飲んだので、飲まずに進みます。
小仏峠 水場 ブログ用



10分後、休憩スペースに到着
小仏峠 休憩場 ブログ用



色々分岐がありますが、今回は小仏城山へ。
小仏峠 看板 ブログ用



少し進むと大きな石碑が。明治天皇が山梨巡幸の際に通った記念碑です。
ちなみに「明治天皇小佛峠御小休所阯及御野立所」とあります。
小仏峠明治天皇 休憩所 ブログ用



休憩所っぽいですが、傾いてます。危ない。
小仏峠 明治天皇 ブログ用



さらにもう少し進むと、また休憩所が。茶屋跡だそうです。
小仏峠 また休憩所 ブログ用



開けた場所からは富士山と相模湖を見ることができます。
小仏峠 富士山 相模湖 ブログ用



富士山オンリー
小仏峠から見える 富士山 ブログ用



相模湖オンリー
小仏峠から見える 相模湖 ブログ用



約20分後、小仏城山山頂に到着
 小仏城山は標高670mの山で、武田信玄の侵攻前はあまり重要視されていなかったようですが、信玄の侵攻後は監視を強化するとともに、山頂には各城との連絡手段のための烽火台(ろうかだい)が置かれたそうです。
小仏城山山頂 ブログ用



 こんな感じでお店やベンチが置かれていますが、お店は休業中。ちなみにお店ではなめこ汁や各種飲み物などが販売されています。
小仏城山 城山山頂 ブログ用



小仏城山山頂2 ブログ用



小仏城山山頂3 ブログ用



頂上からの景色
小仏城山山頂 景色 ブログ用



富士山

小仏城山山頂からの富士山 ブログ用



まだ雪が残っている場所もありました。
小仏城山山頂 雪 ブログ用



 撮影を終え、帰り支度をしていると、どこからともなく「にゃー、にゃー」と声が聞こえました。鳥か何かかと周囲を探してみると、なんとネコがいました。ここの住んでいるのでしょうか? 山にいるだけあって、かなりたくましい雰囲気を醸し出していました。
小仏城山山頂ネコ ブログ用



●まとめ 感想
 こんな時期なので人なんて誰もいないだろうと思いつき、行ってみると、道中すれ違ったのは2人。山頂にいたのは、私が見た限りでは5人、とやはりほとんど人はいませんでした。

 道は歩きやすく、勾配も比較的なだらかで、急な場所はロープや階段で整備されているので、かなり上りやすい山でした。ですが、一部の道では雪解けや溶けた霜柱の影響で、ぬかるんだ場所もありましたので、油断は禁物です。ぬかるんだ泥が靴に張り付いて、取るのが大変でした


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興味があれば

次回は、景信山を紹介します。