2020年3月の写真です。


 日吉八王子神社(ひよしはちおうじじんじゃ)に行ってきました。
場所はココ 東京都八王子市日吉町8-20



●日吉八王子神社について
 この神社は平安時代中期の940年に、『日本書紀』の天地開闢の際に現れたとされる一柱である、国狭槌命(くにさつちのみこと)という神様を祀っていたことにより始まった言われています。

 戦国時代に入るとこの地は北条氏の支配下になりました。そして1574年、天神坊高盛という僧が北条氏照の命を受け、滋賀県大津市の日吉山王七社中の八王子権現を八王子城とこの地の守り神として祀り、氏照はこの神社を日吉山王と名付けました。

 ところが、1590年に豊臣秀吉により八王子城が落城すると、八王子権現は一時中断してしまいます。しかし、1595年になると嶋之坊俊盛という人物が、新領主の徳川家康の許可を得て、八王子城の八王子権現をこの地に勧請して、社名をを日吉山八王子明神社という名に改めます。これにより、八王子拾五番宿の祈願所になり、また、周辺の村々の守り神として信仰を集めるようになりました。その後、江戸時代の1667年に社殿の再建が行われ、明治時代に入ると、明治新政府の神仏分離政策により、日吉八王子神社という名になりました。また、明治から昭和にかけて3度の社殿の再建と改築を行っています。ちなみに八王子という地名は八王子権現を祀ったこの神社から起こったとも言われているそうです。


 
 神社は住宅地内の家とマンションの間にありました。
 入り口の鳥居です。のぼりには北条家の家紋である、三つ鱗のマークがついています。
日吉八王子神社 鳥居ブログ用

 門や石柵にも三つ鱗のマークがついていました。
日吉八王子神社 門ブログ用2


日吉八王子神社 門ブログ用

 

 入ってすぐ、あゆ塚と書かれた石碑を発見。
 江戸時代中期、この近くの浅川という川で獲れた鮎を毎年幕府に献上していました。大きさ約12cmほどで、数は約1200尾だったとのこと。その鮎たちの霊を慰めるために、1957年にこの石碑が建てられました。
日吉八王子神社 あゆ塚 ブログ用


拝殿です。
日吉八王子神社 拝殿ブログ用


 拝殿の右横にあった切り株です。御神木の跡でしょうか?
日吉八王子神社 切り株 ブログ用



●まとめ 感想
 境内は、ゴミなどがほとんど落ちておらず、定期的に掃除しているようでした。立っているのぼりにもほとんど汚れが無かったので、現在も大事にされている神社なんだなと思いました。住宅地の中にあるからか、地元の人たちの抜け道になっているようで、休日の早朝にも関わらず、頻繁に人が歩いていました。

 
 ちなみに、八王子市内には日吉神社という名の神社があり、最初は間違えてこちらの神社に行ってしまいました。 日吉八王子神社と日吉神社、名前が似ているので訪問する際はお間違えのないように。

 場所はココ 日吉神社 東京都八王子市横川町955


日吉神社 鳥居 ブログ用


日吉神社 拝殿 ブログ用


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興味があれば

次回は、市守大鳥神社を紹介します。