2019年12月の写真です。




 八王子城近くの梶原八幡神社(かじわらはちまんじんじゃ)へ行ってきました。以前にも何度か行ったことはあったのですが、写真はまだ撮っていませんでした。


場所はココ 東京都八王子市元八王子町3丁目2274




●梶原八幡神社について
 この神社の起こりは平安時代中期まで遡り、1063年に源氏の武将であった源頼義(みなもとのよりよし)という人物が、京都にある石清水八幡宮を鎌倉の由比ヶ浜に勧請しました。その後、平安時代末期の1180年、源頼朝が家臣の大場景義(おおばかげよし)に命じて、社殿を由比ヶ浜から小林郷松ケ丘に移動させることになり、1191年に移動が完了し、現在の鶴岡八幡宮になりました。社殿の移動の際、御神体は家臣の梶原景時(かじわらかげとき)に贈られ、景時は自分の所領である、八王子の地に御神体を奉り、八幡神社としました。梶原景時が建てたので、梶原八幡宮と通称されています。また、この神社の裏山はかつて、梶原氏の城か館があったという伝承がありますが、現在その山は中央高速が通っており、遺構などが失われているので詳細は不明です。

 
 その後、戦国時代になると、八王子城主の北条氏照が管理を行い、北条氏が滅亡し、徳川氏の支配下になった1591年には徳川家康が正式な神社として認め、周辺の土地が与えられました。江戸時代になると、真言宗の慈眼山西明寺というお寺の管理下になり、元八王子(当時は元八王子村)の鎮守として信仰されていたようです。明治時代の1873年には、郷社として位置づけられ、現在に至ります。


では、実際に見ていきます。

 入り口の鳥居です。住宅地の隙間にありました。
梶原八幡神社 鳥居 ブログ用


 200mほど進むと、大きな切り株がありました。この切り株はかつて梶原杉と呼ばれ、御神体がこの地に祀られた際に植えられた杉の木であると伝えられています。樹齢は約800年、高さ約30m、周囲約12mにもなり、都内随一の大きさを誇る杉の木で、枝が下向きの垂れていたので、逆さ杉とも呼ばれ、東京都の天然記念物に指定されていたのですが、急速に衰えたため、1972年に惜しまれつつも伐採されてしまいました。現在は石碑と切り株を残すのみとなっています。
梶原八幡神社 御神木 ブログ用


梶原八幡神社 御神木2ブログ用


 切り株から、さらに進むと石階段があり、そこを登ると拝殿が姿を現します。ちなみにこの神社では、5世紀ごろにいたとされる、応神天皇(おうじんてんのう)とその母である、神功皇后(じんぐうこうごう)が祀られており、また、弓の守護神として武士たちから信仰されていました。

梶原八幡神社 ブログ用

 拝殿の奥には本殿がありました。
梶原八幡神社 本殿 ブログ用


 拝殿の左隣には、神楽殿があります。
梶原八幡神社 神楽殿 ブログ用


 神楽殿の裏には、スサノオノミコトなどを祀った京都の八坂神社の社があります。
梶原八幡神社 天王社 ブログ用


 八坂神社の社の隣には、五社宮の石祠と社があります。右から、明神社、天神社、稲荷社、機神社、荒神社。
梶原八幡神社 五社宮 ブログ用


梶原八幡神社 末社 五社宮 ブログ用


 拝殿と本殿の右には高台があり、火の神などを祀った群馬県にある榛名神社の社と、神の使いである、猿を祀った滋賀県の日吉大社の社があり、その隣に謎の石の祠があります。

 奥が榛名神社の社で、手前が日吉大社の社です。
梶原八幡神社 日吉山王社と榛名神社 ブログ用

 謎の石の祠です。
梶原八幡神社 石祠 ブログ用


●まとめ 感想
 撮影に行った当時、神社には誰もいなかったのですが、境内はとても綺麗で、しっかりと手入れされているようでした。また、絵馬なども吊るされていたり、拝殿の左右には幟も立っていたので、そこそこ参拝者は来るようです。きっと、初詣の時には賑わうのでしょう。樹齢800年の梶原杉は切り株ではなく、切られていない生木を見てみたかったです。


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次回は、チャエダシャクとクヌギカメムシを紹介します。