勝坂遺跡の解説の前にまずは、昔の住居についてザックリと解説していきます。
 
 考古学では人々の生活や活動に関わるものの痕跡、例えば家の跡、井戸の跡、カマド跡、城跡、儀式場跡、水田跡などの建物跡や人工物跡を遺構(いこう)または、生活遺構(せいかついこう)と呼び、遺構から発掘された土器や石器、装飾品などは遺物(いぶつ)と呼んでいます。勝坂遺跡は縄文時代中期(約5000年前)の集落の跡で、多くの遺構や遺物が発掘されました。この時代の建物は、平地式(へいちしき)、竪穴式(たてあなしき)、高床式(たかゆかしき)の3種類があります。

①平地式住居
 平地式は、その名の通り地面を床面として建てられた住居で旧石器時代から縄文時代の初期にかけて盛んに造られました。火を焚く炉を中心にして周囲に一定間隔で柱を立て、その柱の上部に屋根を付けました。また、建物の周囲には、水の浸入を防ぐために溝を巡らせている場合もあります。
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住居の地面は大体こんな感じです。この上部には屋根をつけます。絵下手でごめんなさい🙇


②竪穴式住居
 竪穴式住居は地面を掘り下げ床面とし、中央には火を焚く炉を置き、周囲には屋根を付けるための柱を立てた住居です。人々の定住化が進んだ縄文時代中期頃から盛んに造られ、100軒を超える竪穴式住居の大集落が形成されたりもしました。また、弥生時代から平安・鎌倉時代までの庶民の一般的な住居として存続しました。
 主な特徴としては、夏は涼しく、冬は暖かいという日本の風土に適していて、建て替えも容易です。一方、湿気が多く、屋根の耐久があまりよくなく、また、火災に弱いという欠点があります。
 勝坂遺跡ではこの住居跡が多くあります。
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こんな感じです。


③高床式住居
 高床式住居は、柱や杭の上に高く床をはり、梯子を使って出入りする住居です。日本では縄文時代から造られたとみられ、集落の首長や身分の高いものの住居、穀物の保管庫として用いられたといわれています。弥生時代には日本のいたるところで建てられました。静岡県にある登呂遺跡(とろいせき)や佐賀県の吉野ケ里遺跡(よしのがりいせき)は代表的なものです。この建築様式が発展して、後の時代の王宮や神社の形の祖となったといいます。
 特徴は、地面から離れているというところにあります。これにより通気性に優れ、雨による水の浸入を防ぐことができます。これは日本のような湿気の多い地域にとっては大きな利点であるといえます。また、ネズミなどの害獣や害虫の浸入も防ぐことができます。さらには、平地式住居、竪穴式住居とは違い、地面を整地する必要が無く、足場の悪い斜面や海岸などの水上にも建てることができます。八丈島や奄美大島、北海道のアイヌ民族の間では近代まで建造されていました。現在では、東南アジアなどで多くみられるそうです。
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高床式住居の一般的な造りです。赤丸で囲ったところにネズミなどの害獣が侵入しないように返し(ネズミ返し)をつける場合もありました。


その他、敷石住居跡について
 敷石住居跡(しきいしじゅうきょあと)もしくは、配石遺構(はいせきいこう)などと呼ばれています。これは床の一部もしくは前面に、表面が滑らかな川原石などを敷いたもので、縄文時代中期から後期の関東地方の川の近くなどの、敷石として使いやすい石がたくさん取れるところで盛んに造られました。
 これらは儀式場もしくは、儀式に深い関わりのある者(司祭的な人)の住居ではないかと考えられていますが、一つしか無い集落や、複数存在している集落があったりしたため、完全に儀式のみに関わりがあったともいえず、時代や地域によってまちまちだったのではないかと考えられています。また、遺骸を埋葬する穴にも敷かれていたことから、墓としての意味もあったのではないかと考えられています。
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このようにして、地面に石を敷き詰めていました。周囲に柱を立てて屋根をつけ住居にしたり、遺骸を置き、埋葬したりしていました。

 
 余談ですが、「考古学」と聞くと、縄文時代から古墳時代にかけての文字史料のあまり残っていない、古代日本のことを研究する学問と思われがちですが(私もそうでした。)、大学の先生が授業で、「考古学は、古代日本を研究する学問というのではなく、土の中に埋まっている史料を研究する学問のことだ。要するに土の中に埋まっていれば、鎌倉時代だろうが、江戸時代だろうが時代に関係なく、考古学の研究範囲になるんだぞ。」と言っていました。「確か遺構の発掘作業や遺物の保管方法も、その遺構がどのような時代かに関わらず、同じような手法が用いられているな。」と私は納得しました。
 考古学について調べてみると、歴史に関する【歴史考古学】だけではなく、遺構や遺物を実際に使ってみる【実験考古学】や近代における戦争の跡(防空壕や塹壕など)を研究する【戦跡考古学】、宇宙について研究する【宇宙考古学】など、歴史に関係なく様々な分野がありました。この分野は今でも新しい研究領域が生まれているとのことです。考古学というのは思った以上に奥が深い学問ですね。

興味があれば

    

    

次回は、勝坂遺跡について紹介します。